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学び
先日、私自身、参加者としてワークを受けてきました。
自分のことを人に説明するのではなく、自分自身に向けて言葉を
発することに集中して自己開示しました。
私の発表の段になると、「クスクス」と笑い声が聞こえてくることもあります。
そのことを休憩時間に私に仰る方がいらっしゃいました。
「あなたの話が面白いから笑いが起こるんでしょうね」と。
「ああ、そっか」と、そう言われて自分が気づいたことがありました。
自己開示の場ですから、いくら関西人の私でも笑いを取ろうなんて意図はありません(笑)
ただ、自分が「今ここ」で感じたままに発言をしているのですが、
そこは安全な場所なので、自分の内面を曝け出しているだけで、
本人の私は真剣そのものですから「面白い話」であるわけもなく・・・・。
ただ、私の性格として、普段はとてもエネルギッシュでかつ楚々としていて(笑)
本音を隠して体裁を整えて、周りに調整を図ってその中で自分を作っていると
いうことなのでしょうね(イメージ力の行使)
そして、その私の発言を聞いた方が、ご自分の周りにいるT3の方を
連想されて、ソツなく振舞っているその方の葛藤する内面や感情的に捉えている
内面や、或いは実利的で効率よく動くことに集中して人に対して感知していない
傍若無人さを想像の中で当てはめられて、失笑されるのではないかと思いました。
それは失笑ではなく、内面を隠しているように見える人に対して
「そんなことを思ってたのか」という暖かい”笑い”だったのではないかと思っています。
私は無意識に、自分の感情を常に感じると物事が前に進まないと感じているようです。
物事を前に進めたい私にとって感情というのは邪魔なんでしょうね。
ですが、それも自分の思い込みであるということです。
私が心の内を曝け出すことで、何も物事(周囲)は変わらないのに、
自分でそう思い込んでいるだけなのです。
「あの人がこうだから私は・・・」と考えがちですが、自分を振り回しているのは自分であると
いうことを改めて感じました。
自分の心がどこにあるのか(動機)ということを見失わない為にも意識の顕在化は大事だと思います。
自分がワークを通して感じること、自分の学びとしたいと思います。
2008.02.21 木 エニアグラム 大阪
